
欧米諸国においては近年、ゲイ・バイセクシュアル・レズビアンの若者の性的指向が、精神的健康問題のリスクを引き起こしている(リスクに関連している)という議論がひろく行われるようになってきています
[1][2][3][4][5][6]。社会的ロールモデルが不在しがちなゲイ・バイセクシュアル男性にとって、先の見通しのつかない不安や抑鬱、自殺、さらにはアルコールや薬物依存など精神的健康問題
[7]は、ゲイ・バイセクシュアル男性にとって深刻な問題であると数多くの研究により示されています。ゲイ・バイセクシュアル男性は社会的に可視化されづらいセクシュアル・マイノリティであり、社会的にもマイノリティ・グループに属すると言えます。マイノリティの社会的地位がストレスフルでありこのストレスが精神疾患(精神的な不調、社会的に与えられた過度なストレスなど)に関係しているならば、マイノリティのグループはマイノリティではないグループよりも精神疾患に関して高い値を示すに違いない
[8]と言われてもいます。北米をはじめとする諸外国では、ゲイ・バイセクシュアル男性の精神的健康に関する調査研究の発展はHIV感染の拡大と時期を同じくし、そのためゲイ・バイセクシュアル男性のHIV陽性者とHIV陰性者の比較研究を中心に増加しました。ゲイ・バイセクシュアル男性に関する研究は増加の一途を辿るものの、ヘテロセクシュアル男性とゲイ・バイセクシュアル男性の比較研究は思いの外少ないと言えます。

ヘテロセクシュアル男性との比較研究の数はそれほど多くはないものの、質問項目の工夫などによって比較検討が可能であり、こうした先行研究により、マイノリティであるゲイ男性の精神的健康問題は、ヘテロセクシュアル男性に比べて明らかに多く、そのリスクも高いことが示されています。社会から付与されるスティグマと嫌悪はゲイ男性に悪影響を与え、ゲイ男性の若者は概してセルフ・エスティームが低く、社会的に孤立
[9]し、抑鬱や不安
[10]などの精神的健康問題を抱えていると言われています。さらに精神的健康の悪化やセルフ・エスティームの低さはHIV予防対策を講じないセックスや喫煙、学校からのドロップアウトにもつながることが多くの研究により報告されています。これらのことから、思春期を迎える中学生および高校生の時にゲイ・バイセクシュアル男性の多くは困難なライフイベントを迎えると考えられます。ある調査では、15歳から19歳のゲイ・バイセクシュアル男性の41%が、自らがゲイもしくはバイセクシュアルであるために「友達をなくした」と報告しています
[11]。

米国マサチューセッツ州で無作為抽出された59の公立高校で高校生4,159人を対象に実施された若者のリスク行動調査
[12]によると、ゲイ・レズビアン・バイセクシュアルの生徒の自殺未遂率は、それ以外の生徒の約4倍であることが示されています。同様に、ゲイ・レズビアン・バイセクシュアルの生徒が過去半年間に学校で脅されたり暴力を受けたことは、それ以外の生徒の約4倍でした。米国バーモント州で実施された若者のリスク行動調査
[13]でもほぼ同様の結果が得られています。

ゲイ・バイセクシュアル男性に関する調査研究は欧米諸国においてさかんに行われていますが、その中でも自殺に関する先行研究は数多く実施されています。米国政府(US. Department of Health and Human Service :USDHHS)が1989年に発表したレポート
[14]によれば、ゲイ・レズビアンの若者は他の若者より2倍から3倍の自殺傾向にあり、十代の若者の自殺者の30%は性的指向の問題と関係しているといいます。また、ゲイ・レズビアン・バイセクシュアルの若者の30%は平均年齢15.5歳の時に自殺未遂をして
[15]おり、思春期の自殺の背景にセクシュアリティ及び性的指向の問題が色濃いことを示唆しています。また、カナダ・カルガリーで無作為抽出の18歳から27歳までの男性を対象として実施された性行動と性的指向、メンタルヘルスに関する調査
[16]があります。この調査結果によればヘテロセクシュアル男性よりもゲイ男性の方が、自傷行為や自殺企図およびその行動の割合が高いことが明らかにされました。加えて、ゲイ男性の62.5%が自殺未遂を行っていたことが判り、同時に深刻な自殺未遂の危険性がゲイ・バイセクシュアル男性の方がヘテロセクシュアル男性よりも13.9倍高いことが示されています。これらの背景として考えられることは、カミング・アウトにおけるプロセスの問題であったり、高い抑鬱の影響であると言われています。この数値は、1995年にカナダ・バンフで開催された自殺予防学会において「22.7歳までのゲイ男性は、ヘテロセクシュアル(異性愛者)の男性よりも自殺企図の割合が13.9倍高い
[17]」と報告されました。

本邦におけるゲイ男性の自殺に関する先行研究では、日本人ゲイ男性41名に対して行われた調査
[18]があります。この調査によると調査対象者の57.5%が「これまでに自殺を考えたことがある」と答え、そのうち15.0%は6回以上も自殺を考えたことがあり、初めて自殺を考えた時の平均年齢は15.5歳でした。この年齢は、米国のレズビアン・ゲイ・バイセクシュアルの若者の自殺未遂平均年齢
[19]とほぼ一致しています。ゲイ・レズビアン・バイセクシュアルの若者の自殺のリスク・ファクターには、セルフ・エスティームの低さや社会的孤立、抑鬱、家族とネガティブな相互関係や社会の否定的な態度が含まれて
[20]いると考えられ、これらの先行研究によりゲイ男性の自殺傾向に関する問題はゲイ男性の生育歴におけるクライシスの現実として、深刻な問題と捉えざるをえないと言えます。よって、セクシュアリティやジェンダーの側面からも自殺及びその心理・社会的背景を検証することが本邦でも必要であると考えられます。

インターネットによる大規模な調査研究は、米国において1997年8月15日〜10月31日までの2ヶ月半に渡って行われ、対象はセクシュアル・マイノリティの若者でした。この調査は、セクシュアル・マイノリティの若者のための全米組織!OutProud!と、その若者層を対象としたウェブマガジンOasisとの共同により、“The !OutProud! / Oasis Internet Survey of Queer and Questioning Youth”
[21]が実施されました。全問回答に約30分ほど要する質問項目は150問をこえ、回答者の最小年齢は10歳、最高年齢は65歳であり、150問全問回答者かつその調査対象となった25歳以下の有効回答数は1,960人でした。本邦においてインターネットによるゲイ男性を対象とした学術調査研究はこれまで行われてきていませんが、ゲイ専用パソコン通信において、性行動に関して何度かアンケート調査が実施されたことがありました。

近年提出されているゲイ・バイセクシュアル男性の調査研究に関する論文の数はまだまだ少ないですが、当事者により構成されているゲイ団体や若手研究者によるHIV/AIDSに関わる性行動調査などが実施されつつあります。ゲイ・バイセクシュアル男性に関する調査研究は、本邦においてはまだ始まったばかりと言えるでしょう。